みんなの切迫早産体験談:カテゴリー
やっと産休
結婚してもずっと仕事を続けて、1人目の子を産んでも産休明けから働いて、子供を保育園に入れていました。その後、子供がなかなかできずに6年もの月日が流れました。
やっと2人目を妊娠しても、家を購入したこともあり、働くことをやめることができずにいました。そしてやっと産休に突入したんです。
働いていたときにも感じてたんですが、立ち仕事が多かったので、足のむくみがあり、夕方には毎日パンパンに張れていました。それが家にいても変わらないんです。
健診の時に先生にその話をすると、切迫早産になりかかっているらしいといわれました。張り止めの薬、むくみを取る薬、貧血気味だったので鉄剤・・・とにかくいろんな薬を処方されました。特につらかったのが、張り止めの薬でした。飲むと気持ちが悪くなって、動くことができないくらいに。
それでも飲むのをやめないように言われて我慢して飲み続け、家では家事をほとんどしないで寝ている生活をしていたら、なんとか入院しないですみ、無事に臨月に。
あともう少しで予定日が来るので、今あわてて赤ちゃん用品の準備をしてます(^.^) 6年もたったので、それまでのものをほとんど処分しちゃったの、もったいなかったなぁ~
HN しょこちゃん(33)
頑張っていたら・・・
お兄ちゃんが幼稚園に入園して初めての夏休みに、2人目の妊娠に気付きました。お友達と遊びたいお兄ちゃんのために、毎日のように公園に行ったり、お友達の家に行ったり・・・
パパは転勤族で、今住んでいるところには親戚もいません。毎日忙しいパパの分まで私がお兄ちゃんの運動会も頑張りました。ママ友のみんなには、「無理しないで、先生に聞いてみたら...」というような競技も頑張りました。お兄ちゃんは大満足で私におんぶされてましたけど、周りでは心配そうな視線が...
そうこうしているうちに、おなかが張ることが多いなぁ~って思っていたんです。でも、このくらいなら、なんとかなるかなって思ってました。それに、誰も頼れないと思うと、私が頑張らなくちゃってそう思ってました。
8か月に入ったころ、検診を受けた時に先生から、「このままだと早産の危険があるから、安静にしていてください」って言われました。仕事から帰ってきたパパと相談して、お兄ちゃんにもしばらく幼稚園に行くのを我慢してもらって、私はお兄ちゃんと実家に帰ることに...
それでも、おなかの張りは止まらず、結局入院。やっと点滴でおなかの張りが収まり、無事に臨月まで頑張ることができました。
私一人が頑張ればいいやって思っていたことで、お兄ちゃんにはちょっとかわいそうなことをしてしまいました。毎日心配そうに病院にやってきたお兄ちゃんを見て、「もっとお兄ちゃんにちゃんとママの状態をお話しして無事に最後までパパと3人でいられるようにすればよかった」と思いました。
HN ゆうたんのママ(28)
急に出血
妊娠に気づいてじきの頃、旦那とけんかになって、実家に上の子を連れて帰っていたときのことです。
夜になって急に出血。実家は家から離れている田舎で、かかりつけの先生も近くにないし、あわてて救急車を呼ぶことに。切迫流産でした。
私は結局実家からも少し離れた総合病院に入院となりました。ベッドから離れることができるのはトイレだけ。しかも、看護婦さんの付添つきです。本当につらい日々でした。
その後、そのままの生活がしばらく続き、切迫早産に切り替わってからもそのままの状態でした。入院していても状況が良くならなかったので、その病院にはNICUがなかったので、念のためにさらに大きい病院へと転送されることになりました。
子供がもしも早く生まれたときに、子供と別々に入院することになってしまうからです。
結局赤ちゃんは無事に出産することができましたが、予定日より1カ月ほど早かったので、1週間くらい保育器の中にいることになりました。でも、そこまで何とか頑張ることができたから、いま元気に走り回っている子供たちを見ることができるんだと思います。
ペンネーム みなみ(30)
